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義父の介護が終わりました。子育てももう終わりです。タイトルを変更かな?

Top Page › 母のこと › 転院日が決まりました
2015-10-03 (Sat)  09:35

転院日が決まりました

昨日の夕食後、下の妹から電話。急だけど転院日が決まったと言う。
10月7日の10時に転院先の病院に入ることだそうです。
えええ?日にちはいいけど、時間が早すぎる。
一応了解して電話を切ったが、とうちゃんが入院した時の
入院案内を取りだして、入退院受付時間を見る。
やはり、平日は9時からになっております。
板橋から転院先の清瀬の病院まで朝だし、到底1時間では
到着できません、スムーズに行って1時間半はかかる。
なので、妹にメールで退院手続きが9時からしかできないから
10時に転院先に行くのは無理だよ、ソーシャルワーカーさんに
どうすればいいの聞いてほしい、それと転院先の
入院補償金の金額を調べておいてと送る。
その後、私がお風呂から上がったタイミングでまた、妹から電話。
退院の手順を教える、退院の清算をしたら、清算書を持って
病棟に行って、清算書をナースセンターに提出すると、診察券を
返還してくれて、最後に持ち物の確認、引き出しなどに忘れ物が
ないか確認して退院という手順なので、下手したら何十分もかかると
妹に説明しました。
それから、Z妹は私に私も向こうの病院に行くつもりだよね?って、聞くの。
えええ?どういうこと?今度の転院までは私がするって以前会ったときに
話してたことじゃないの。(あんたの旦那も転院はよろしくって言ってたよね)
和歌山のK妹は6日の夕方にこっちに来ることになってると言う。
母は介護タクシーを使って清瀬の病院に行くんだけど、一緒には
乗って行けないと思うんだよねって言うのです。
私もネットで調べて介護タクシーは介助者一人は乗れるみたいだけど、
そんなに何人も乗れないはずよと話す。
どうやら、K妹が付き添うつもりで、二人の妹の間では話がついてるみたい。
9月30日もなんと和歌山からK妹はこっちに来てて、母にも会ってるみたい。
それで、おしっこの管がなくなってたとZ妹に話していたらしいのだ。
9月の母の兄弟が面会に来て、K妹にそのくだりをメールで報告してから
K妹は全く私にメールをよこさなくなってて、二人で相談してやってるらしいのは
分かっていたんだけど、私はちょっともやもやしております。
私は和歌山と遠くに住んでるY妹がいちばん母のことを心配してると思っているので
病院に行った時などは逐一メールして詳細に報告してあげていました。
少しでも安心させたくてやっていたことなのだけど、向こうは今回の転院について
Z妹とは話はしていたけど、Y妹からは全く報告をもらうことがないのがなんで?
って感じで・・・・・・。
転院までは私がするよという話になっていたのに、全く蚊帳の外になってる。
転院もY妹が自分でするつもりでいるらしいのが、前日からこちらに来るって
話もZ妹から昨日聞かされたわけで、Y妹からは全くメールが来ない。
昨日のZ妹の話ではホスピスの先生との話し合いで、ホスピスに対して
過剰に期待して入院してくる患者さんが多くて、たとえば痛みがまったく
なくなりと思ってきていたり、もっと治療をしてくれると思っていたりするけど
ここは余命までちゃんと口でご飯を食べられるようにしたりはするけど、
ある程度の痛みは仕方ないんだってと妹は聞いてきて、やはり他の人と
同じように思っていたのでした。
だから、私はずっとホスピスなんて意味ないって言ってきたでしょって、
内心思いながら妹の話を聞いていました。
妹は母に余命を言えなくてホスピスではなくて、療養病棟に入院するのですが
今の病院からの紹介書にはやはり余命3カ月と書いてあるようです。
それで転院先の先生には私たち姉妹は全員今年内だねってわかってることを
先生に話したそうです。
で、9月25日にも輸血をしてることが書いてあって、酸素もしてないし、
顔色も良くておしゃべりもすごくできるのは輸血のおかげってことだと納得しました。
もちろん転院先では輸血もしないので、どんどん症状は悪くなって見取りになるってことです。
Y妹はずっと暮らした東久留米の近くの病院に入れるのは母にとってもいいと
言っていたけど、動くことができるわけでもないし、病院の中でどこにいるのかも
分かっていなのが現状です、どこでもいっしょだと私は思っていて、ここまで
やる必要があったのか今でも疑問ですが、とにかく妹二人が母のために
一生懸命やったと言う実感は必要だと感じているのでいいけどね。
ちゃんと報告だけはしてほしいです!!





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最終更新日 : 2015-10-03

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